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東京地方裁判所 平成11年(ワ)13989号 判決

本訴原告兼反訴被告 破産者a株式会社破産管財人X

右訴訟代理人弁護士 井上展成

同 高見之雄

同 北原潤一

同 林康司

本訴被告兼反訴原告 第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 山近道宣

同 矢作健太郎

同 熊谷光喜

同 内田智

同 和田一雄

同 中尾正浩

主文

一  本訴について

本訴被告は、本訴原告に対し、次の各仮登記につき平成一一年四月二一日否認権行使を原因とする否認の登記手続をせよ。

1  別紙第一物件目録〈省略〉の土地及び建物について、横浜地方法務局平塚出張所平成九年一二月五日受付第三六三四七号の抵当権設定仮登記

2  別紙第二物件目録〈省略〉の土地及び建物について、東京法務局杉並出張所平成九年一二月一二日受付第四九八〇四の二号の抵当権設定仮登記

二  反訴について

反訴原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴及び反訴を通じて本訴被告兼反訴原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴について

1  請求の趣旨

主文第一、三項と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 本訴原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は本訴原告の負担とする。

二  反訴について

1  請求の趣旨

(一) 反訴被告は、反訴原告に対し、別紙第一物件目録〈省略〉の土地及び建物についてされた横浜地方法務局平塚出張所平成九年一二月五日受付第三六三四七号抵当権設定仮登記並びに別紙第二物件目録〈省略〉の土地及び建物についてされた東京法務局杉並出張所平成九年一二月一二日受付第四九八〇四の二号抵当権設定仮登記に基づく各本登記手続をせよ。

(二) 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文第二、三項と同旨

第二当事者の主張

一  本訴について

1  請求原因

(一) 当事者

(1) 本訴原告兼反訴被告(以下「原告」という)は、平成九年一二月一六日午前一〇時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受けた破産者a株式会社(以下「破産会社」という)の破産管財人である。

(2) 本訴被告兼反訴原告(以下「被告」という)は、生命保険業を営む相互会社である。

(二) 支払停止

(1) 破産会社は、昭和三五年に訴外山一證券株式会社(以下「山一證券」という)が中心となって出資した株式会社であり、山一證券の資金と信用を基盤として、主に山一證券及び同社を中心とする関連会社各社の店舗や社宅用の土地建物を所有し、これを山一證券に賃貸することを主な業務としてきた。

(2) このような状況の中で、平成九年一一月二一日、米国の格付機関であるムーディーズ・インベスター・サービス社が山一證券の格付を「投資不適格」まで格下げし、また翌二二日には、大蔵省が山一證券に二〇〇〇億円を上回る簿外債務が存在する疑いが濃厚になったとの発表をしたこと等により、同社の経営は著しく困難な状況となり、同月二四日、同社は自主廃業申請に向けた営業休止の届出を大蔵大臣に対して行い、大蔵大臣は同社に対して、業務の制限及び会社財産の保全措置等を命ずる命令(以下「本件財産等保全命令」という)を発した。

(3) 山一證券に対し本件財産等保全命令が発せられ、同社が営業を休止したことから、同社から破産会社に対しては山一證券の店舗等の維持に必要な最小限度の費用のみがかろうじて支払われるという状態となった。

(4) 破産会社は、平成九年一一月二八日を弁済期として、被告を含む金融機関七社に対して合計約一八三億円の借入金元利金を支払うべき義務を負っていたが、山一證券が前記(3)の状況にあったために必要な資金援助を受けることができなかった。このため、破産会社は支払不能状態となり、同日午前、右事実を被告を含む金融機関各社に対して明らかにし、もって、破産法七四条一項の支払停止の状態となった。

(5) 破産会社は、平成九年一二月一六日、東京地方裁判所に自己破産の申し立てを行い、同日破産宣告を受けた。

(三) 抵当権設定仮登記

(1) 被告は、平成七年一一月三〇日、破産会社に対し、五億円を、① 平成八年五月より六か月ごとの各末日に、八〇〇〇万円ずつ分割して支払い、② 利息は年三パーセントとし、借入日並びに平成八年二月以降三か月ごとの各末日を利息金支払日とし、借入日より、もしくは当該利息金支払日の翌日より、次回利息金支払日もしくは平成一〇年一一月末日までの利息金を前払し、③ 遅延損害金は年一四パーセントとするとの約定で貸し付けた(以下「本件貸付」という)。

(2) 被告は、平成七年一一月三〇日 破産会社との間で、本件貸付の担保として、別紙第一及び第二物件目録各〈省略〉の土地及び建物について抵当権(以下「本件抵当権」という)設定契約を締結したが、登記についてはこれを留保するとの合意をした。

(3) 平成九年一一月二八日の時点において、被告の破産会社に対する本件貸付残高は二億六〇〇〇万円であった。

(4) 被告は、横浜地方裁判所小田原支部及び東京地方裁判所において取得した本件抵当権についての仮登記仮処分命令に基づき、同年一二月五日に別紙第一物件目録〈省略〉の土地及び建物に対し、また、同月一二日に別紙第二物件目録〈省略〉の土地及び建物に対し、それぞれ抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という)をした。

(四) 破産法七四条一項による否認

(1) 本件仮登記は、破産会社が支払停止に陥った平成九年一一月二八日の後にされたものである。

(2) 本件仮登記は、その登記原因である本件抵当権の設定契約から一五日以上経過した後にされたものである。

(3) 被告は、本件仮登記をした時点において、破産会社の支払停止の事実を知っていた。

(4) 原告は、平成一一年四月二一日の本件口頭弁論期日で、被告に対し、破産法七四条一項に基づき、本件仮登記を否認するとの意思表示をした。

(五) よって、原告は、破産法七四条一項に基づき、本件仮登記について、否認の登記手続を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)のうち、(1)、(2)、(5)は認め、(3)は知らず、(4)は否認する。

(三) 同(三)は認める。

(四) 同(四)のうち、(1)、(3)は否認し、(2)、(4)は認める。

二  反訴について

1  請求原因

(一) 被告は、破産会社に対し、本訴請求原因(三)(1)記載のとおり本件貸付を行った。

(二) 被告は、右同日、破産会社との間で、本件貸付の担保として、別紙第一及び第二物件目録各〈省略〉の土地及び建物について、本件抵当権設定契約を締結した。

(三) 被告は、横浜地方裁判所小田原支部及び東京地方裁判所において取得した本件抵当権についての仮登記仮処分命令に基づき、本件仮登記をした。

(四) よって、被告は、破産会社の管財人である原告に対し、本件抵当権設定契約に基づき、別紙第一及び第二物件目録各〈省略〉の土地及び建物について、本件仮登記の本登記手続を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

3  抗弁―破産法七四条一項に基づく否認

本訴請求原因(四)と同じ

4  抗弁に対する認否

本訴請求原因(四)に対する認否と同じ

理由

一  本訴について

1  争いのない事実及び本件の争点

(一)  請求原因(一)(当事者の地位)、同(二)の(1)、(2)、(5)(山一證券と破産会社との関係、山一證券の破綻に至った状況、破産会社が破産宣告を受けたこと)、同(三)(本件抵当権設定契約に基づき本件仮登記をしたこと)、同(四)の(2)、(4)(本件仮登記が本件抵当権設定契約から一五日を経過した後にされたこと、原告が本件仮登記を否認するとの意思表示をしたこと)は、当事者間に争いがない。

(二)  そうだとすると、本件の争点は、本件仮登記仮処分申立ての段階で破産会社が支払停止状態にあったのか(請求原因(二)(4))、支払停止状態にあったとすると被告はその事実につき悪意であったのか(同(四)(3))ということになるので、以下この二点につき判断する。

2  支払停止について

破産法七四条一項の支払停止とは、債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考えて、その旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記1(一)の争いのない事実に〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると次の事実が認められる。

(一)  破産会社は、昭和三五年、山一證券が中心となって出資した株式会社であり、山一證券の資金と信用を基盤として、主に山一證券及び同社を中心とする関連会社各社の店舗や社宅用の土地建物を所有し、これを山一證券に賃貸することを主な業務としてきた。破産会社は、山一證券の不動産関連部門といえる存在であり、破産会社の経営及び資金繰りは山一證券に大きく依存していた。破産会社では、その有する余剰資金の大部分も山一證券の指示で山一證券グループ各社の貸付等に回されていたため、破産会社の手持現金や預金は少額に抑えられており、破産会社において金融機関に対する債務の弁済資金が必要な場合には、山一證券からの指示により、同社又は山一證券グループ各社より必要資金が手当され、破産会社はこれをもって右債務の弁済に充てていた。

(二)  山一證券は、平成九年七月末、総会屋に対する利益供与事件で強制捜査を受けたのを契機として次第に信用を失い、同年一一月二一日、米国の格付機関であるムーディーズ・インベスター・サービス社が山一證券の格付を「投資不適格」まで格下げし、また翌二二日には、大蔵省が、山一證券に二〇〇〇億円を上回る簿外債務が存在する疑いが濃厚になったとの発表をし、その日の夕方には山一證券の破綻したとの報道が一斉にされ、同社の経営は著しく困難な状況となった。山一證券は、同月二四日、大蔵大臣に対し、自主廃業申請に向けた営業休止の届出をし、大蔵大臣は、同日、山一證券に対して、本件財産等保全命令を発した。本件財産等保全命令によれば、山一證券が行う関連会社に対する資金援助については、投資家保護、證券・金融市場の秩序維持のため顧問委員会が認めたものに限るとしている。このため、平成九年一一月二四日以降は、山一證券から破産会社に対しては、山一證券の店舗等の維持に必要最小限度の費用だけが支払われ、それ以外の資金援助はなくなった。

(三)  破産会社は、平成九年一一月二八日を弁済期とする債務が金融機関七社に対し、合計約一八三億円あった。そのうち、破産会社が右同日に被告に支払わなければならない債務は、八一三〇万円であった。前記のとおり山一證券は破産会社に対し資金援助することができない状況に陥っていったため、破産会社は、平成九年一一月二八日、金融機関七社に対する支払をすることができなかった。そこで、破産会社は、平成九年一一月二七日、山一證券から派遣されていた弁護士と協議のうえ、金融機関各社に対し、(1) 一一月二八日の支払はできないこと、(2) 今後も支払の目途、見込みはないこと、(3) 今後は清算手続に入り、最終的には公平な弁済を行うべく、破産手続の方向に向かうであろうこと、(4) 破産会社としては山一證券が存続している限り店舗維持をしていかねばならないことを明確に説明することを決定した。

(四)  破産会社の代表取締役常務をしていたB(以下「B」という)は、平成九年一一月二八日、前記(三)の決定に基づき、被告を含む金融機関六社(なお、富士銀行については前日に知らせた)に前記決定を伝えた。被告に関しては、Bが、被告の市場金融部副長をしていたC(以下「C」という)に対し、電話で、前記(三)の四点の決定内容を伝え、現実に当日支払うべき八一三〇万円を支払わなかった。

(五)  被告は、本件貸付金の債権回収をはかるため、本件抵当権設定契約に基づき、(1) 平成九年一二月一日ころ、横浜地方裁判所小田原支部に対し、別紙第一物件目録〈省略〉の土地及び建物に対し仮登記仮処分の申立てをするとともに、(2) 同月二日、東京地方裁判所に対し、別紙第一及び第二物件目録〈省略〉の土地及び建物他に対し、処分禁止の仮処分の申立てをし、(3) 更には、同月九日、同裁判所に対し、別紙第二物件目録〈省略〉の土地及び建物に対し、仮登記仮処分の申立てをそれぞれし、裁判所の決定を得、各登記を経由した。

なお、東京地方裁判所に対する仮登記仮処分の申立書に添附されていた平成九年一二月一日付けC作成の報告書には、「同月二八日(金)九時一五分頃、a社のB常務より電話あり、本日を弁済日とする元利金の支払いは資金繰りがつかず、出来ないとの通告を受けました。今後の目途も立たない。他社、他行にも同様に支払いできないと連絡しているとのことでした。そして、結局、支払はありませんでした。」、「a社は、山一證券の関連会社であり、山一證券の経営破綻により資金繰りが急速に悪化している模様です。a社の代表取締役であるB常務は、平成九年一一月二八日に当社に対し、同日を支払日とする債務の履行が出来ないと通告してきた際、他社、他行にも同様に支払いできないと通告している旨、述べており、他の会社、銀行等に多額の債務を抱えている模様です。」との記載がされている。

(六)  破産会社は、その後も、前記金融機関の債務を一円も支払うことができず、平成九年一二月一六日、東京地方裁判所に自己破産の申立てを行い、同日破産宣告を受けた。

以上(一)ないし(六)によれば、破産会社の金融機関に対する債務額は約一八三億円と巨額であること、破産会社の弁済資金は山一證券に依存しているところ、山一證券からの資金の融通はしてもらえなくなったこと、破産会社の代表取締役であるDは金融機関各社に対し債務の弁済ができないこと、今後の見通しも立っていないこと及び今後は清算、とりわけ公平な弁済(破産手続)をする必要があることを説いたこと、破産会社は前記説明を受けるやいなや本件仮登記仮処分申請に及んだことが認められるのであり、そうだとすると、被告が、横浜地方裁判所小田原支部に本件仮登記仮処分を申立てをした平成九年一二月一日ころ及び東京地方裁判所に本件仮登記仮処分の申立てをした同月九日には、破産会社は、破産法七四条一項の支払停止の状況にあったと認めるのが相当であり、右判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

3  悪意について

破産法七四条一項の悪意とは、破産者の債権者が支払停止を知ったことをいうと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記2で認定した事実に証拠(証人C)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると次の事実が認められる。

(一)  破産会社は、平成九年一一月二八日、金融機関に対する支払債務額である約一八三億円を支払うことができなかったこと、(二) 破産会社の代表取締役であるDは、同日、被告を含む金融機関各社に対し、今後の支払の目途が立っていないこと、今後は清算、とりわけ公平な弁済(破産手続)をする必要があることを説いたこと、(三) 被告は、Bの前記(二)の説明を受けるや、別紙第一及び第二物件目録〈省略〉の土地及び建物に対し、本件仮登記仮処分、処分禁止の仮処分の申立てをしたこと、(四) 被告のC副長が担当している会社は、当時数十社あり、担保の登記を保留していた会社は何社もあったのに、仮登記仮処分の申立てに及んだのは、本件のみであることが認められる。

以上のとおり、破産会社は平成九年一二月一日当時支払停止の状況にあったところ、その当時の被告の対応等を考慮すると、被告は、支払停止を知って、本件仮登記仮処分の申立てに及び、本件仮登記を経由したと認めるのが相当であり、右判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

4  小括

以上によれば、原告の本訴請求は理由がある。

二  反訴について

1  請求原因は当事者間に争いがない。

2  続いて抗弁について判断する。前記一で判断したとおり、本件仮登記は、破産会社が支払停止の状態にあるときに、被告がこれを知ったうえでされたものであることが認められ、しかも、本件仮登記は、本件抵当権設定契約から一五日以上を経過して登記手続されたことは当事者間に争いがない。そうだとする、原告の抗弁は理由があり、被告の反訴請求は理由がないということになる。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 難波孝一)

〈以下省略〉

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